大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7575号 判決

原告

福田久平

右訴訟代理人

赤坂裕彦

被告

米島秀夫

右訴訟代理人

松尾翼

外一名

被告

米島正一

右訴訟代理人

川又次男

主文

一  被告米島秀夫は原告に対し、金二五一九万五六二五円と、これに対する昭和四八年九月七日以降その支払いがすむまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

二  原告の被告米島秀夫に対するその余の請求、並びに被告米島正一に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告米島秀夫との間においては、原告と被告との間に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告米島正一との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(原告)

一、被告秀夫は原告に対し、二九一九万五六二五円と、うち二八七五万円に対する昭和四八年九月七日以降その支払いがすむまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

二、被告正一は原告に対し、九七三万一八七四円と、うち九五八万三三三三円に対する昭和四八年九月七日以降その支払がすむまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

以上の判決と仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  主張

(原告)

一、請求の原因

(一) 被告秀夫は、昭和四六年一一月一八日訴外徳陽相互銀行(以下「訴外銀行」という)から、病院建築資金として三〇〇〇万円を、利息年8.8パーセント、遅延損害金18.25パーセント、返済は昭和四七年一一月五日以降各月五日限り一二五万円づつに分割して返済する、但し、支払停止または手形交換所の取引停止処分があつたときは通知催告を要することなく期限の利益を失う、との約束で借り受け(以下「本件借り入れ」という)た。

(二) 原告と被告正一および訴外福田恭之(以下「訴外恭之」という)の三名は、被告秀夫の依頼により右借り入れの際、訴外銀行に対し、被告秀夫の右金銭消費貸借契約による債務につき連帯保証した。

(三) 被告正一が自ら右連帯保証契約をしたのでないとしても被告秀夫とママ使者として右契約をしたものであり、そうでないとしても、被告秀夫を代理人として右契約をなしたものである。

(四) 被告正一が連帯保証をするに至つた事情は次のとおりである。

被告正一と被告秀夫は親子であり、共に医師として都内葛飾区高砂に診療所を開業していたところ、昭和四六年六月ころ共同して他に土地を求めて病院を建設することを計画するに至つた。本件借り入れは、右病院の建築工事代金に当座必要な頭金にあてるためになされたもので、被告両名は、本件借り入れの直後、訴外村元建設株式会社と右病院の建築工事請負契約をなし、その設計を、訴外恭之が役員で実質上経営していた訴外株式会社A・O・Aに依頼した。被告正一は、本件借り入れにつき連帯保証するため、被告秀夫に対し、印鑑登録済みの印と印鑑証明書を交付していた。

(五) 仮に、被告秀夫が被告正一を代理して連帯保証契約をするにつき代理権を有していなかつたとしても、被告秀夫の代理行為は表見代理として、被告正一はその責に任ずべきである。すなわち、

(1) 被告両名は、昭和四六年春ころから、新病院建築について打合せをし、同年八月から同年一〇月にかけて、その建設予定地である、千葉県習志野市谷津町五丁目一〇六四番一所在の宅地1601.65平方メートルを買取るに際し、被告正一は、その交渉、契約締結、代金支払の一切の代理権を被告秀夫に付与し、そのための印鑑証明書も被告秀夫に交付していた。

(2) 被告秀夫は、被告正一に付与された右代理権が消滅した後、その代理権の範囲を超えて、訴外銀行からの本件借入れにつき、被告正一を代理して、被告正一のために連帯保証契約をしたものである。

(3) 訴外銀行は、被告秀夫が被告正一を代理するに正当な権限を有するものと信じて右連帯保証契約に応じたものであるが、このように信じたについては正当な事由があり、その事由は次のとおりである。

(イ) 被告秀夫は、右連帯保証契約をなすに際し、被告正一の印と印鑑証明書を持参しており、わが国の取引慣行からすれば、これだけで既に、被告秀夫が被告正一の代理人であると信ずべき正当な事由があるというべきである。

(ロ) のみならず、被告両名は親子であつて、それぞれ社会的地位のある医師であるうえ、同じ住所に居住し、各々の診療所も五〇〇メートル程の位置にあり、被告秀夫の診療所は訴外銀行の社宅から近く、その診療科目が小児科であつたところから行員の子供達もしばしば診療を受け、その信用も篤かつた。しかも借り入れ金の使途は、新病院の建設ということであり、これらの事実からすると、訴外銀行において、被告秀夫が被告正一の代理権を有すると信じたのは相当であり、被告秀夫の代理権につき、訴外銀行が契約に際し被告正一にその確認をとらなかつたとしても訴外銀行には過失はない。

(六) 被告秀夫は、昭和四八年五月一七日東京手形交換所で取引停止処分を受け、同年八月六日に、訴外銀行から借り入れた右債務につき確定的に期限の利益を失つた。

(七) 原告は、訴外銀行の催告により、昭和四八年九月五日訴外銀行に対し、右借入金債務につき、元本二八七五万円、昭和四八年八月七日から同年九月六日までの約定遅延損害金四四万五六二五円の合計二九一九万五六二五円を返済し、原告は被告らに対し、昭和四八年九月六日到達した書面により、右弁済の事実を通知した。

(八) 右弁済により、原告は訴外銀行に代位して、訴外銀行の被告秀夫に対する債権の全部を取得し、かつ、(一)記載の金銭消費貸借契約による訴外銀行の被告に対する債権者の地位を取得した。

(九) よつて、

(1) 被告秀夫に対し、右弁済金二九一九万五六二五円と、うち元本金二八七五円に対する、昭和四八年九月七日以降その支払がすむまで、右金銭消費貸借契約上の約定遅延損害金である年18.25パーセントの割合による損害金の支払いを、

(2) 被告正一に対し、他の連帯保証人に対する求償として、連帯保証人は三名であつたので、右弁済金の三分の一に当る九七三万一八七四円と、うち元本金九五八万三三三三円に対する、昭和四八年九月七日以降その支払いがすむまで年18.25パーセントの割合による遅延損害金の支払いを、

各求める。(以下省略〉

理由

(被告秀夫に対する請求)

一請求原因事実中、被告秀夫に関する部分は、請求原因(七)のうち代位弁済の事実を除き、全て当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によると、原告は昭和四八年九月五日訴外銀行(東京支店)に対し、被告秀夫の同銀行に対する請求原因(一)の債務の元本残金二八七五万円および、これに対する昭和四八年八月七日から同年九月六日まで年18.25パーセントの割合による遅延損害金として四四万五六二五円の合計二九一五万五六二五円を、被告秀夫の連帯保証人として、代位弁済したことが認められる。

三右弁済により、連帯保証人である原告は、主たる債務者である被告秀夫に対し、次の範囲内で求償権を取得したと認められる。

(一)  弁済した元本金二八七五万円につき求償権を取得することは原告の主張するとおりである。

(二)  右元本金につき、訴外銀行に支払つた遅延損害金については、原告が支払いをしたのは、昭和四八年九月五日と認められるのであるから、訴外銀行に支払うべき損害金は同日分までであり、前記認定のとおり原告は翌九月六日分までの遅延損害金を支払つたと認められるが、特段の事由がない限り、支払日の後である同年九月六日分(一日分)の遅延損害金の支払いは、理由のない支払いであつて被告秀夫に求償することはできないものというべきである。

従つて、遅延損害については、昭和四八年八月七日から同年九月五日までの三〇日分に相当する四三万一二五〇円の限度で求償権を取得し、原告の主張する金額中これを超える部分は理由がない。

(三)  右求償債務の履行遅滞による遅延損害金については特段の定めのない限り法定利息によるべきものであつて、当然には主たる債務者である被告秀夫の訴外銀行に対する約定を遅延損害金によるべきものではないところ、特約の定めの存在することにつき主張も立証もないから、右弁済の日から民事法定利率年五分の割合による範囲内で原告の請求は理由があり、これを超える部分は理由がない。

四そこで被告秀夫の相殺の抗弁について検討するに、

(一)  同被告の抗弁(一)の事実のうち、同被告が原告に対し、四〇〇万円を利息弁済期の定めなく貸付けたことは原告の自白するところである。同被告は、原告に六〇〇万円を貸渡した旨主張するが、右争いのない四〇〇万円を超える二〇〇万円については原告の否認しているところ、これを認めるに足りる証拠はない。

(二)  同(二)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  してみると、被告の相殺の抗弁は四〇〇万円の限度で理由があり、その余はこれを認めることができない。

五以上のとおりであるから、原告の被告秀夫に対する請求は、求償金二五一九万五六二五円の支払請求とこれに対する昭和四八年九月七日以降その支払いがすむまで民事法定利率年五分の割合で支払いを求める限度で理由があり、その余は失当である。

(被告正一に対する請求)

一〈証拠〉によると、請求原因(一)の事実および同(二)の事実のうち、原告および訴外恭之が連帯保証したとの事実を認めることができる。

二原告が、昭和四八年九月五日訴外銀行に対し、連帯保証人として、被告秀夫の訴外銀行に対する借受金債務の残元金二八七五万円と、これに対する昭和四八年八日七日から同年九月六日までの年18.25パーセントの割合による約定遅延損害金として四四万五六二五円の支払いをした事実については、被告秀夫に対する請求について、同じ事実を認定したと同じ由理でこれを認めることができる。

三そこで、被告正一の連帯保証の事実について検討する。

(一)  全ての証拠を検討しても、被告正一が自ら或は被告秀夫を使者として訴外銀行との間で連帯保証契約をなしたものと認めるに足りる証拠はない。

却つて、〈証拠〉によると、訴外白石司郎は訴外銀行の担当職員として貸付手続を行つたが、被告正一とは何らの交渉をせず、専ら被告秀夫がこれに当り、被告正一の連帯保証契約は、被告秀夫が被告正一の印を訴外銀行に持参して、借用証書および相互銀行取引約定書中の連帯保証人欄に被告正一の氏名を記入したうえで押印してなしたものと認められる。

そして、被告秀夫の右行為が、被告正一の依頼により、同被告によつて決定された意思を伝達したものと認めるに足りる何らの証拠も見当らないから、被告秀夫を被告正一の使者と認めることはできず代理人として右連帯保証契約をなしたものというべきである。

(二)  そこで、被告秀夫が、被告正一の代理人としてなした右連帯保証契約の効力について検討する。

(1) まず、右連帯保証契約をなすにつき、被告秀夫が被告正一から代理権を授与されていたとする点については、これを認めるに足りる証拠はなく、却つて、〈証拠〉によると、被告秀夫が被告正一に無断で右連帯保証契約をなしたものと認められる。

(2) そこで、表見代理の主張について考える。

〈証拠〉によると次のとおりの事実が認められる。

1 被告秀夫は被告正一の養子で、両名共に医師であるところ、被告秀夫は昭和四六年ころ、千葉県下に病院を建設し開業する計画を立て、被告正一にその助力を求めた。被告正一はこれに対し、その希望にそうよう助力すること、被告正一には資金はないが、必要であれば被告正一の居宅を担保に供し、名前を貸してよい旨答えた。

2 右建設資金としては三億二〇〇〇万円位要するものと予定されたが、先ず敷地講入代金に充てるべき資金として八〇〇〇万円を訴外株式会社太陽銀行(以下「太陽銀行」という)から借り受けることとした。

3 太陽銀行は、被告正一が医師会役員としてその職員に面識があつたところから被告正一がその申込をし、昭和四六年九月三〇日、被告正一を債務者とし、被告正一の居宅、診療所およびその敷地に抵当権を設定したうえ八〇〇〇万円の貸付がなされた。

4 右借入に当つては、被告正一において、直接交渉をしたほか、その借入の具体的手続については被告秀夫に委任してこれをなさしめた。

5 また、病院敷地の講入については、被告秀夫の妻の実家から紹介された不動産業者である訴外新井に対し被告正一が面接して直接そのあつせんを依頼し、同訴外人のあつせんで昭和四六年八月二六日千葉県習志野市内の宅地を買受けることにしたが、その売買契約の手続は、主として訴外新井に委任してこれをすすめ、被告秀夫にも右新井と共にその交渉、契約に当らせ、売買契約成立後、被告秀夫に委任してその登記申請手続をなさしめその代金の支払いは被告正一が太陽銀行に電話して前記借入金による同被告の預金口座から右土地の売主に直接支払うよう依頼し、そのための予金払戻請求の手続は被告秀夫に委任してこれをなさしめた。

以上のとおり認められる。

右認定した事実に基いて判断すると、原告の主張する被告秀夫の代理権のうち、右病院用敷地の購入につき、訴外新井と共に売主と交渉し、必要に応じてその売買契約締結の手続をなすこと、売買契約成立後、目的土地につき被告正一所有名義に登記申請手続をすること、および右売買代金支払いのため太陽銀行に預金払戻請求手続をなすことにつき被告秀夫は代理権を有していたものと認められ、その限度で被告秀夫に代理権があつたものと認められる。そしてそれ以上に、右土地購入に関し、一切の法律行為を包括的に被告秀夫に委任していたものとは認められない。

被告秀夫が被告正一を代理して、訴外銀行との間でなした前記連帯保証契約は、明らかに右代理権の範囲を超えるものであり、かつ、右代理権は、いずれもその委任された法律行為が終了すると共に消滅し、右連帯保証契約をなした当時は既に消滅していたものであるから、右をもつて表見代理とするには、民法一一〇条および同一一二条が複合して適用されるべき場合に当るものと解される。

そこで、右連帯保証契約をなすに際し、訴外銀行において、被告秀夫に代理権があると信じた点につき正当事由の有無、および被告秀夫が代理権を有しないことを知らなかつたことに対する過失の有無について判断する。

被告秀夫が、被告正一の代理人として右連帯保証契約をなすに際し、被告正一の印鑑登録のある印を訴外銀行に持参して、取引約定書等の被告正一の作成名義分に押印したことは既に認定したとおりであり〈証拠〉によると、被告秀夫は右書面作成に際し被告正一の真正な印鑑証明書を持参している事実が認められる。

しかしながら、〈証拠〉によると、被告正一は被告秀夫に、理由の如何を問はママず右の当時、被告正一の印を交付したことはないこと、被告正一と被告秀夫は当時同一敷地内の建物に居住しており、互に親しく出入りしていたこと、被告正一は右印鑑登録ずみの印を、自分の寝室内のロツカーの引出し内に入れていたが、平素右引出しには鍵をかけておらず、被告正一の家庭内のことに通じていた被告秀夫は容易にこれを持ち出し得る事情にあつたことが認められ、これらの事実からすると、被告秀夫が被告正一に無断で右印を持ち出して使用したものと推認することができる。

訴外銀行は、金融機関として、その貸付については特に慎重であるべきであり、しかも三〇〇〇万という高額の貸付であつて、連帯保証人におよぶ責任の重大なこと、訴外銀行は従前被告正一とは何ら取引関係になく面識もないことを考えるならば、訴外銀行の担当職員は、被告秀夫が被告正一の印および印鑑証明書を持参したからといつて被告秀夫の言を信用するだけでなく、何らかの方法で被告正一にその真否を確認する措置をとるべきであり、このような措置を何ら講じていない点において、訴外銀行において、被告秀夫に代理権があると信じたとしても信ずるにつき正当な事実があるものとは言うことができず、またそのように信じたにつき過失があるものというべきである。

〈証拠〉によると、被告秀夫は訴外銀行の行員寮の近くに診療所を開設している小児科医でその診療を受けていた訴外銀行員の信頼を得ていたことが認められ、被告正一と被告秀夫は養親子関係にあり、同一敷地内に居住し親しく行き来していたことは既に認定をしたとおりであるが、これらの事実をもつてしても、右正当事由の有無、過失の有無の判断を左右するに足るものではない。

以上のとおりであるから、表見代理の主張もまた理由がない。

(三)  してみると、被告正一は、被告秀夫の訴外銀行に対する右債務につき、連帯保証人としての責任を有するものとは認められないというべく、これを前提とする原告の被告正一に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(結語)

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。 (川上正俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例